カレル・チャペック著『山椒魚戦争』を読んで

 

読書好きの友人からすすめられて読んだカレル・チャペックの小説『山椒魚戦争』の感想と感じたことなどを書きます。

カレル・チャペックと聞いてピンときた方も多いと思いますが、作品中で「ロボット」という言葉を初めて使ったチェコスロバキアの国民的作家です。第二次世界大戦前の激動のヨーロッパで活動していたこともあり、SFから政治色の強いものまで幅広いジャンルの作品を残しています。

たしか僕の尊敬する藤子・F・不二雄先生が影響を受けた作家として名前を挙げていたので名前だけは知っていたのですが、作品を読むのは今回が初めてでした。

山椒魚と人類の覇権をかけた戦い

まず『山椒魚戦争』というタイトルからして意味不明だったのですが、そのものズバリ山椒魚と人間が地球の覇権をかけた戦いをするという小説です。

山椒魚といっても様々な種類のものがいますが、この小説に出てくる山椒魚は海水に暮らす人語を理解し話すことのできる架空の山椒魚です。見た目は日本に生息するオオサンショウウオっぽい感じで陸上で二足歩行ができます。

設定的にははかなり無茶苦茶ですがこの設定全てに意味があり、最初は荒唐無稽な話なのかと思いきや読み進めていくとこの山椒魚が人類歴史が繰り広げてきた愚かな歴史のメタファーになっていることが読み取れます。

僕が面白いと思った部分は、野生生物ながらも人語を理解することのできる山椒魚が発見され最初は面白がられ見世物になり、言葉を理解できることに目をつけた企業が労働力として利用し、やがて各国の軍事力にまでなるという人間のエゴと都合で理不尽な扱いを受ける山椒魚が人間に反旗を翻すのかと思っていたのですが、あくまで野生動物である彼らが望むことは待遇改善でも権利の主張でもなく生息場所の確保と繁殖だけであるというところです。

人間的な私利私欲のない生き物がどのように人間を滅亡に追いやっていくのか、野生動物の持つ冷酷さと、それを利用しようとする人間の狡猾さと浅はかさ故に自滅していく人類の滑稽さが淡々と描かれていきます。

まとめ

実際には人語を理解しコミュニケーションの取れるほどの野生生物はいないので、このようなことは起こり得ないフィクションだと思います。

しかし、人間とコミュニケーションを取れる人ならざるものとして最近は人工知能と呼ばれる存在が誕生してきました。人工知能は人をサポートする労働力として私達の生活の中にも浸透してきていますし軍事力の分野にも転用されています。

この小説が執筆された時代には存在しなかった人工知能ですが、ロボットをテーマとした戯曲を執筆したほどの作家なので、もしかしたら人類生活に深く浸透した人工知能の機能やバグを利用した企業や国家、テロリストなどによって人類が滅亡の淵に立たされる可能性もあるということをカレル・チャペックは警告しているのかもしれません。

 

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